ご飯作りをサボる勇気。私を救う「サボり飯の松竹梅」ルール

サボり飯 台所しごとと日々ご飯

こんにちは。 毎日キッチンに立っていると「今日はもう、何も作りたくない……」と、どうしても体が拒否してしまうことありませんか?

丁寧な暮らしに憧れはあるけれど、無理は禁物。
そんな時、私は自分の中に「サボり飯の松竹梅」という基準を持っていて、ゲーム感覚で食事の用意をしています。
「今日はこれだけやったらOK」と自分に許可を出してあげると、少しだけ気持ちが楽になるんです。

サボり飯の「松」

たとえば、これはある日の昼ごはん。

かぼちゃは昨日の残り物だけど、玉子焼きを作っている時点でがんばってる。
フライパンを出して、火を使って、少しでも手を動かしている。

松竹梅に例えるなら、これは立派な「松」ですね。

こっちは、魚を焼くだけ、手でちぎった舞茸をポンと入れただけの炊き込みご飯の晩御飯
工程はシンプルでも、食卓に並んだ時の「頑張った感」は十分。
これなら自分を褒めてあげたくなります。

「竹」はひと手間だけのご飯

では、カップ麺はどうでしょう?

「お湯を沸かす」という立派な工程が含まれているので、私にとっては「竹」ランク。

「何もしなかったわけじゃない」という小さなプライドが、お湯を注ぐ瞬間に宿ります。
このひと手間があるだけで、心なしか満足。お腹も満たされる気がしますね。

「梅」はいちばん楽なご飯

もうお湯を沸かすのすら億劫。そんな日もありますよね。
私にとっての究極のサボり飯、つまり「梅」は、出来合いのご飯です。

蓋をあけるだけで食べられるので、私にはこれが一番のサボり飯。
蓋を開けるだけ。それ以上は何もしない。

お茶を入れる手間?そんなのプシュッとやるだけで解決。

丁寧な暮らしがしたいならグラスを用意すればOK。
そういう余裕がある日はそうすればいいし、ない日は無理にしなくてもいいと思っています。

買いに行くことも、ちゃんと頑張り

買いに行くことが大変だという点はわかります。
外に出て、選んで、持ち帰る。
その工程だけでも十分に労力がいります。

そこは「買いに行くことをがんばった」ということで、自分を褒めてあげましょう。

結局、サボり飯でも何らかの手がかかっているんですよね。
私たち、頑張ってるんですよ。

きちんとしなくていいんだと自分を励ましつつ、今日もご飯の準備に取り掛かります。
完璧じゃなくても、頑張ってる。お腹を満たして一日を終えられたら、それで十分。
そんな気持ちでゆるりと台所に立っています。

みいやん
みいやん

松の日も、竹の日も、梅の日も。どれも今の自分にちょうどいいご飯です。

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